コロナウイルスとPCR検査

PCR

こんにちは、SHIN(シン)です。

バイオ系が専門で、博士号を持っています。現在、在米5年目で研究職です。

このサイトでは科学と技術に関する情報をみなさんと共有することで、世の中に流布する大量の情報に対して自分で判断し行動できるようになるキッカケになれば、と思っています。一言で表せば、情報リテラシーを向上させよう、ということです。

今回は、コロナウイルスとPCR検査に関してです。

それでは一緒に考えていきましょう。

PCR検査に関して知りたい情報がない

私がコロナウイルスの検査に関して調べ始めた時さかんにPCR検査が大事だ、と書かれていましたが、その中身を説明したものは全くと言ってよいほどありませんでした。情報の出し手は情報の隠し手でもあります。これが情報リテラシーに関する鉄則です。表があれば裏もある、と解釈しても良いと思います。マスコミや大手ポータルサイトのトップニュースを鵜呑みにしてはいけない、というのは今や誰もが知るところとなっていると思います。自分達が有利になるよう出す情報の取捨選択をしています。言い換えれば、情報の非対称を利用している、ということです。それによって大衆を煽動します。あたかも自分で考えて動いたかの様に仕向けるわけです。マスコミを筆頭に情報の出し手には「報道をしない自由」というものが存在します。これが一番見過ごされやすい部分です。あたかも与えられた情報が全てで、その範囲内で答えを出そうとするように仕向けられるわけですが、それは非常に危険だ、ということです。

今回はPCR検査に当てはめて考えてみましょう。

私の専門がウイルスを含めてバイオ関連ですので、コロナ騒動のうち検査に関する報道内容がとても気になりました。一言で表すと、余りにも情報が限られている、ということです。事態を把握するのに必要な正確な情報、知るべき情報が報道されていません。今回で言えば、コロナウイルスに対するPCR検査で陽性かどうかとか、もっと数を増やせとか、言ってみれば些末な議論ばかりなされています。本来なら、PCRの精度や確度はどれくらいかを知った上で、検査することで得られる社会的な恩恵はどれくらいなのか、どういう人を対象に検査すべきか、どれくらい実施すれば効果的か、といった大きな枠組みで議論されるべき事柄です。今の偏った報道だと、PCR検査が自分に必要かどうかだけに目を向けさせる形になっており、故意に視野を狭めさせている様な印象です。

 因みに、PCR検査数の世界的な情報は下記のサイトから得られます。例えば、私が住む米国だと700万を超える検査が行われたことが分かります。しかし、既に74000人以上が亡くなっており、検査拡充による死者の減少は認められません。”We need global testing”と書かれてあるけれども、実態を反映していません。

To understand the global pandemic, we need global testing

日本だけに情報を絞るなら、東洋経済オンラインのサイトがよくまとまっています。

新型コロナウイルス国内感染の状況

このページを既にご存知の読者も多いことと思います。5月に入って以降、特に重症者数が大幅に減ってきています。

 

PCR検査の精度は陽性と陰性だけでは決まらない

PCRの精度とは詳しく言えば陽性率、陰性率、更に偽陽性率に偽陰性率を加えた上での数値です。更に、コロナウイルスの場合はPCRの行程の前に逆転写という行程が必要です(後述)。つまり、PCRの検査数や陽性、陰性のことだけを議論するのは実態を把握する上で意味がない、ということです。

陽性 真・陽性 偽陽性
陰性 真・陰性 偽陽性

ここでおさらいですが、本当の陽性(偽陽性との区別のため、ここでは「真・陽性」と表記)は、検体からコロナウイルスが検出されたこと、同様に真・陰性はそれが検出されなかったことを示します。これだけなら理解は単純なのですが、この他に偽陽性と偽陰性が含まれます。偽陽性は検体の取り違えや検査そのものの精度から誤って陽性と判定されること、偽陰性も同じような理由で誤って陰性と判定されること、を表します。これらを総合して検査の精度を考える必要があります。むやみに数を増やせば良いというものではありません。現在の、重症者に検査及び治療の焦点を絞る、という方向性は正しいです。

 

PCR検査の精度は各段階における精度が大きく関わります

これはPCR検査に限ったことではないですが、今回は各段階を分けやすいのでそれぞれの段階について書いてみます。尚、各段階に関する正確な数値は存在しませんが、それぞれが100%でなければ検査の精度は100%にならない。或いはこういう部分があるから検査精度は100%になることはないのだな、という理解で良いと思います。

中身の吟味が面倒な方は下のの小見出しの部分で精度が落ちるんだな、と考えれば良いです。もっと細分化できるとも思いますが、そこが本題ではないので今回は割愛です。

 

検体採取の日

仮に感染していたとして、発症する前や発症してからの日数等で検出効率は大きく変わるという研究結果が発表されています。

Estimating false-negative detection rate of SARS-CoV-2 by RT-PCR

これは、コロナウイルスを検出するのに適した日の範囲が決まっているということを意味するようです。この範囲から外れると大幅に検査の精度は落ちるわけです。

リンク中の論文から図を抜粋してきましたが、発症からの日数が経つにつれて陽性と検出する確率が落ちることを示しています。左は鼻腔、右は咽頭からの検体採取の場合を表しています。発症前に関するデータはないので何とも言えませんが、未発症者も含めて全数検査、というのは余り効果の高い策と言えそうにありません。

 

検体採取者の熟練度

コロナウイルスの検査の為に綿棒の長いものを使って鼻粘膜から検体を採取するのをテレビやネットで見られた方も多いと思います。でも、その効率も採取する人により変わるわけです。新人とベテランの看護師さんでは採血の腕が全く違うのと同じことですね。鼻腔と咽頭からの検体採取では結果が変わることもあるみたいですし(上図参照)、採取する綿棒の質でも変わる可能性もありますね。また、検体の取り違えが起きないようにするのも見えない部分ですが大切な技術の一つです。実際、現場では取り違えが起きているようです。

検体取り違え、陽性者を「陰性」に 神奈川県衛生研ミス

感染者に「陰性」通知 PCR検査の結果取り違え 埼玉 川口

 

検体からの核酸の抽出およびその取扱い

検体から核酸の一種であるRNAを抽出する必要がありますが、別の核酸であるDNAよりはるかに不安定であるため取り扱いにはある程度の習熟を要します。不安定な物質なので、取り扱いを間違えると本来陽性の検体が陰性と判定されることになります。これが偽陰性です。臨床検査技師でなくとも、生化学や分子生物学でRNAを取り扱う訓練を積んだ人であれば検査業務に貢献できると思いますが、資格の問題もあり急に現場に適応する人の数を増やすのは難しいと思います。また、世の中病気というのはコロナウイルスだけではないという別の問題もあります。全てをコロナウイルス用に別途場所や人員を用意しているわけではありません。ここでも検体の取り違えが起きる可能性が潜んでいます。更には、抽出の過程で検体が混ざる(俗にコンタミという。[英:contamination]から)可能性もあります。これは、陽性と陰性の核酸が混ざってしまうと、両方とも陽性と判定されます。つまり、陰性の人が偽陽性になるということです。

 

PCRの前段階に必要な逆転写反応の効率

コロナウイルスはRNAウイルスの一種です。従って、PCRで検出する為にはRNAをDNAに酵素の働きで変換する逆転写という行程が必要です。私は実際に実験している者の意見として、PCRよりもこの逆転写という行程での効率の低さがPCRの精度に大きく影響していると思っています。というのも、臨床の現場で使われている試薬、特に逆転写の行程に必要な酵素が実験室で普段用いられているものよりも一段階精度の低いものだからです。これは、その酵素が次のPCRの行程でもDNAの増幅にそのまま用いられるという事情があります。つまり、一つの酵素で二つの役割を担わせているわけです。高校で生物を習った人は一つの酵素が二つの働きを持っている、というのに違和感を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、この逆転写酵素に関しては例外です。例えば、東洋紡の試薬にこういうものがあります(俗に、1-step系と呼ばれています)。これが直接臨床に使われているということではありませんが、一つ二役の原理は同じです。因みに実験室では正確性重視なので、逆転写反応とPCRは別の酵素であることが多いです(前者の一つ二役の酵素を使わないわけではありません)。後者の別々の方が正確性で優れているのに何故前者を使うのでしょうか。それは別々にすると途中で反応させているチューブを開けないといけない、という致命的な欠陥があるからです。繰り返し書いていますが、臨床現場では検体の取り違えや混入(コンタミ)が大きな問題となります。これをできる限り抑えるためには、コンタミが起きない状況を作るよりありません。従って、多少精度を犠牲にしてでも、コンタミを防ぐ方に重きを置くわけです。

PCRそのものの効率

これは4.と関連がありますが、PCRの効率や精度も酵素の性能に大きく依存します。一つ二役の場合、PCR専用の酵素よりも精度、確度が落ちます。増幅の正確性に関しては、場合によっては100倍近くも違います。また、PCRにはプライマーと呼ばれるコロナウイルスの遺伝子の配列に相当する短いDNA(相補鎖DNA)を使うわけですが、このプライマーを設計する箇所によっても結果に差が生まれますし、プライマー自体の品質にも影響されます。現在日本では、WHOが発表する配列を主に用いているようです。

病原体検出マニュアル > 新型コロナウイルス感染症(但し、PDF文書中のWHOの当該ページは見当たらず。)

米国CDC推奨の配列(但し、研究用途専用、となっている。WHOの配列とは異なる。)

その他、精度の低い酵素だと本来コロナウイルスとは関係のないDNAを増幅してしまう可能性があります。これは偽陽性率が上がることに直結します。この確認には別の試験が必要で、手間も時間もかかります。全てを調べるのは実質不可能です。自分で手を動かすと分かりますが、すごく大変です。

 

以上、様々な箇所でエラーが起きる可能性を挙げました。こういう様々な障害を乗り越えて検査結果が出されているわけで、現場の方々には本当に感謝です。

日本ではコロナウイルス問題は既に収束局面(というより最初から問題が存在していない)

再生産数Rは、例えば東京都では4月上旬の時点で既に0.3程度の様子。

新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言(PDF資料、下図はここより抜粋)

東京都知事は自粛延長を宣言しましたが、この再生産数Rは3月終わりにはR<1が達成されていたので自粛宣言自体が不要であったことは確かでしょう。4月前半でR<0.3ということは5月7日現在では更に低いことが予想されます。つまり、普段通りの生活で問題ないことを示しており、全く科学的根拠がありません。一番の懸念は経済的に困窮して死んでしまう人が出てくる恐れが大きいことです。既に、飲食店の店主が将来を悲観して自殺した報道も出ています。都の方針は科学的、数値的根拠以外の何かで決定されていると考えるより他ない摩訶不思議な状態になっています。一刻も早く通常の状態へ戻すことが先決と思われます。

 

心の安心は抗体検査無しには得られない、という方も中にはいらっしゃるかもしれません。そこで、抗体検査の精度なんかはどうなんだ、という話にもなるかと思います。答えを先取りしておくと、コロナウイルスに関しては抗体検査は要らないと思っています。

これに関しては次回に触れてみたいと思います。

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