コロナウイルスと抗体検査

Biochemistry

こんにちは、SHIN(シン)です。

バイオ系が専門で、博士号を持っています。現在、在米5年目で研究職です。

このサイトでは科学と技術に関する情報をみなさんと共有することで、世の中に流布する大量の情報に対して自分で判断し行動できるようになるキッカケになれば、と思っています。一言で表せば、情報リテラシーを向上させよう、ということです。

今回は、コロナウイルスと抗体検査に関してです。

それでは一緒に考えていきましょう。

抗体とは?

抗体検査を知るために、先ずは抗体が何であるかの説明です。既にご存知の方にはおさらいをしてもらえれば、と思います。抗体は免疫に関わる物質の一つです。免疫グロブリンとも呼ばれます。免疫系は自然免疫と獲得免疫に大別され、更に獲得免疫のうち細胞性免疫と液性免疫に分けられます。この液性免疫の主役を担うのが抗体です(補体という別の物質も大切な役割がありますが今回は触れません)。

Antibody testing for COVID-19: A report from the National COVID Scientific Advisory Panelより抜粋

抗体は病原体の一部(抗原という)を認識して結合し、病原体の働きを抑えます。ウイルスの場合、そのウイルスが標的の細胞に侵入する前に抗体が結合して感染を止める働きもあります。抗体は免疫細胞のうち、B細胞と呼ばれるリンパ球の一種で作られるタンパク質の一種です。B細胞の中で一つの抗原を認識する一つの抗体が産生されます。抗原と抗体は基本的に一対一で結び付きます。ややこしい部分としては、クラススイッチと呼ばれる抗体の変化がB細胞の中で起きることです。これにより、クラスM(免疫グロブリンMIgMと略される)からクラスG(同、IgG)というものに変化します(他にもADEという別のクラスもありますが、ここでは割愛)。それに伴い、抗原を認識する力が上昇し、病原体へより高い反応を示すようになります。同時にこの変化は免疫の記憶とも深く関連します。すなわち、ある抗原に対してIgGが造られることで、その病原体に対する免疫記憶が成立し、二回目以降の感染に対して素早い応答が可能にもなります。

大まかにまとめると、抗体があることで体内に侵入した病原体に素早く反応し速やかに排除することができる、となります。

 

抗体検査とは

抗体検査は体内に特定の抗原に対する抗体が存在を確認することです。これは、過去にその病原体に感染していたことを示します。コロナウイルスの場合にも、過去に感染があればIgGが検出されることになります。そして、一般にはIgGが存在すれば、目的の病原体に対する免疫が獲得されていると見做します。上で引用した論文によれば、コロナウイルスに対するIgMは感染後約3日程で現れ、7-10日程でピークに達し、約40日程で消えます。一方で、IgGは感染後一ヶ月ほどしてから現れて、それからずっと体内に残ります。

抗体検査の方法としては、迅速検査用にはイムノクロマト法というのが使われます。薄層クロマトグラフィーという手法を応用しており、反応があれば線のような模様として現れます。これは血液或いは血清を少量垂らせば検査できるので、非常に簡単に検査できます(下の図ではLateral  Flow ImmunoAssay [LFIA]という名前になっています)。検査結果が線のように現れば陽性と判定します。この他に、ELISA(エライザ)と呼ばれる別の手法で行うより感度や精度の高い抗体検査の方法があります。

また、多少混乱するかもしれませんが、抗原検査というものも存在します。これは体内に調べたい病原体がいるかどうかをその抗原を検出することで判定します。抗体検査と抗原検査はどちらも原理はほとんど同じで、コインの裏表のような関係です。インフルエンザの簡易検査を受けたことのある人はこちらの抗原検査の方です。上の図とよく似た形や結果の出方などをご記憶の方もいらっしゃると思います。

抗体検査の精度は

一般に、抗体の感度や精度というものはそこまで高いものではありません。一定量以上血液中に目的の抗体が含まれないと検出されません。上の図Bからも分かるように、感染後の時期によっても検出される抗体の種類が変わります。こういった様々な要因があるので、抗体検査の結果は陽性、陰性の他に判定不可というものも含まれます。さらに厄介なことに、実は未だ抗体がコロナウイルスの感染や症状を抑えるのにどれくらい重要かは分かっていません。少なくとも、上記で引用した論文の結果からは抗体検査の信頼性は十分でない、と結論付けています。また、最初に抗体は一対一で結びつくと説明しましたが、実際は交差反応と言って一つの抗体が二つ以上の抗原に反応する率も決して低くはありません。特に、今回のコロナウイルスは過去に流行したSARSコロナウイルスと同じベータコロナウイルスに分類され、非常に近い関係にあります。このことが今回のコロナウイルスに対する抗体検査の評価を難しくさせている可能性もあります。未だSARSコロナウイルスとの比較実験についてのデータがないので結論は出せませんが、日本ではこの交差反応のせいで抗体検査の結果を正しく出せないかもしれません。

 

コロナウイルスに対する抗体と免疫の関係

これとは別に、重症化と抗体の質(正確には力価)に正比例(正の相関)関係があった、という報告すらあります。つまり、抗体があることは病気を防ぐことよりも、むしろ重症化に寄与している、という意味です。

Viral Kinetics and Antibody Responses in Patients with COVID-19

この重症化につながることは今後に述べる予定のワクチン開発戦略に直接影響する内容です。しかも、ウイルスに対するIgGの反応が弱い人の方がウイルスを体内から排除している率が有意に高かったというおまけ付きです。結論部分には、

Stronger antibody response was associated with delayed viral clearance and disease severity.

と書かれてあり、直訳すると「より強い抗体の反応はウイルス排除の遅れや重症化と関連した」となります。

この他に、PCR検査で陰性となった後に再び陽性となった例が複数件確認されており、このことも抗体が必ずしも感染を防ぐのに役に立っているとは言えない証拠になっています。

日本も本格着手した新型コロナ抗体検査、集団免疫と判断できるかに疑問の声が出る理由

抗体の有無を免疫証明には未だ使えなそうにない、という記事も。

新型コロナウイルスは体内に長期潜伏する? 免疫を獲得できない人もいる? 抗体検査から見えた「4つの注目すべきこと」

今後もコロナウイルスと抗体についての関係性を注意深く見ていくべきでしょう。

 

まとめ

今回は抗体検査について取り上げました。集団免疫が成立しているかどうかの指標に抗体検査を使うべき、という意見も幾つか見受けられますが、未だ抗体の有無と集団免疫の成立とを直接関係づけるのは時期尚早だと考えられます。仮に集団免疫の成立が何らかの方法で測定可能だとしても、それがどの要素によって測定できるのかを決定するために注意深く研究を続けていくべきだろうと思われます。

次回はコロナウイルスとワクチン開発について書いていく予定です。

 

 

おまけ

ロシュの新型コロナ抗体検査薬、米FDAが承認 大幅増産へ

この記事の中に、感度100%という記載がありますが、科学の世界では基本的に100%という数値はあり得ないので、ちょっと眉唾物だな、という感じで読むとちょうど良いのでは、と思います。

 

 

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